平行現実の融合・行動と表現の違い
- 郷坪玲子

- 2018年5月9日
- 読了時間: 3分
今年、鳳凰堂へ訪れる魂を見ていると、それぞれのステージ、テーマに向かっている姿は本当に尊く、愛しい姿だと感じます。
スピリットの声から耳をそらして生きている場合、たくさんの「平行現実(パラレルワールド)」を生み出していきます。
例えば、魂はその土地、その職場を離れたいのに、「マインド」でそれを「しない」を選択した瞬間に、多次元的平行現実がポコんと新たに生まれます。
本来なら「しているワタシ」の世界しか存在しないはずが、「していないワタシ」が生きている世界が存在し始めます。
一方、スピリットの声に一息、一足ごとにしたがって生きていくようになると、生まれていた「平行現実」はどんどんと融合され、スピリットという完全なる光の存在と共に生きることで、最終的にはすべての平行現実は「光」を選択し、アセンションし、融合し一つになっていきます。
最終的に、社会的価値や常識、地位、名誉とは全く関係のないところで
「私がそうしたいから」という理由だけで人生を創造し、行動を始めます。
誰もがそれをし始めたら、それは本当にすごいこと!!!
あっという間に集合意識も変わり、惑星地球は私たちに引っ張られてあっという間に銀河連合の仲間入り笑 今は、まだ色々なパラレルワールドが存在しています。
誰もができること。今、宇宙が求めているのは何よりこれをしてもらいたいんです。
だから、常に「私」と「スピリット」は共に足並み揃えて進んで行くことに集中する必要があって、他人の考えや思惑に耳を傾けている暇はないということ^^
あと、特に多いのは「表現する」ことへ蓋をしている魂も多いということ。
腹の中に溜まったすべてを押し出す、「鬼押出し」月間に入っている魂も多いです。
「表現する」ことは、私たちの意識に根付いた「敵対パターン」を解消していくのに
最速の方法です^^
「行動する」との違いですが、「行動する。」は、寂しいということを一番わかってほしい人に伝えることをせずに、目をそらすように衝動買いをしたり、暴飲暴食をしたり、他の男性と関係を持ったり。。
戦争をつくりだしてそれを維持するのは「行動」ですが、憎しみを「表現する」こととは異なります。
一度憎しみや怒り、悲しみが表現されてしまえば、それを燃え上がらせる元になっていた、
エネルギーレベルの青写真が消えてなくなってしまうので、たいてい消滅していきます。
今、地球上は一人一人がこの「敵対パターン」を解き放っています。
「われわれ VS やつら」のパターンが解放されていくのです。
(自分が他者から攻撃されていると感じたり、誰かの活躍が疎ましかったり、成功を心から喜べない場合もこの敵対パターンがまだ抜けきれてない現象として起こります。どういった感情に蓋をしているのかは、それぞれ個人で異なります。)
「私たちの両親は、私たちに世界を与えてくれました。
私たちの子供には宇宙をあげよう!」
一人一人の平行現実が一つとなり光を選択し、敵対パターンが解き放たれる時。
カルマゲームはジョークであったこと。この宇宙はコズミックジョークで成り立っているのだと。
おおあそび から おおふざけ に人生がますますユーモラスたっぷりな波乗りとなっていきます。
今、生まれてきている子供達は、すでに敵対パターンが解除された状態^^
だからとても平和的なんだなぁ〜〜〜^^あ。生まれてきて、親や周囲がまだ解放しきれていないと、インプットされたりするけどね笑
「神聖なる私」の意思にますますグラウンディング・アップ!!!!




コメント